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2026.10.11

【その人の「信仰」も、大切な支援の一部です】

今日は電車の連結……ではなく、人と人との「つながり」のお話です。

日頃、

身寄りのない方の老いじたくについて、

福祉関係者の皆さんと一緒に考える機会が多くあります。

その中で、

改めて大切だと感じていることの一つが

「信仰」

です。

※個人が特定されないよう、具体的な事情は伏せています。

皆さんが支援している方の中にも、

長年、信仰を大切にして暮らしてきた方がいらっしゃるのではないでしょうか。

信仰は、

単に宗教上の教えを信じることだけではありません。

人生の支えとなり、

暮らしの指針となり、

同じ信仰を持つ仲間とのつながりを育んできた。

そして、

そのつながりが、

実際の生活を支えていることもあります。

体調を気遣う。

買い物や通院を手伝う。

困ったときに相談に乗る。

入院したときに駆けつける。

こうした関係は、

制度だけではつくれない、

大切な支援資源です。

信仰を尊重するとは、

本人の考え方を否定しないことだけではありません。

信仰を通じて築かれてきた人間関係や、

支え合いも尊重することだと思います。

例えば、

財産管理等委任契約、

任意後見契約、

死後事務委任契約、

遺言などを検討するとき。

私たちは、つい、

「誰がお金を管理する?」

「誰が入院や施設入所を支援する?」

「亡くなった後は誰が対応する?」

という制度や契約の話から考えがちです。

もちろん、

どれも重要です。

でも、

その前に確認したいことがあります。

その方は、

これまで誰を頼りに暮らしてきたのでしょうか。

そして、

これからも誰との関係を大切にしたいのでしょうか。

専門職が新しい支援体制をつくった結果、

長年築いてきた信頼関係が損なわれてしまっては、

本末転倒です。

特に信仰に関わる事柄では、

私たちの善意による対応が、

本人の宗教的な価値観や慣習と合わないこともあります。

医療に関する希望、

葬儀や埋葬、

財産の承継など、

信仰が深く関わる場面もあるでしょう。

だからこそ、

宗教上の教えを専門職が勝手に解釈したり、

良し悪しを判断したり、

勝手な色メガネで状況を見るのではなく、

本人の希望を丁寧に確認する。

必要に応じて、

本人の同意を得ながら、

信頼する方々とも話し合う。

その姿勢が大切だと思います。

一方で、

親しい仲間がいるからといって、

法律上の問題がすべて解決できるわけではありません。

預貯金の管理、

不動産の処分、

契約や解約、

判断能力が低下した場合の代理、

死後事務、

遺言による財産承継。

これらには、

適切な法的権限や手続きが必要になることがあります。

また、

信頼できる人であることと、

財産管理などの法的責任を担えることは別の問題です。

本人の自由な意思はもちろん、

支援者の意向や負担、

財産管理の透明性、

利益相反の有無も確認しなければなりません。

申し上げたいことは、

信仰を尊重することと、

本人の権利や財産を守ることは、

対立するものではないということです。

今ある支え合いを大切にしながら、

足りない部分を法律や制度で補う。

信仰を共にする仲間が日常生活や心の支えを担い、

福祉・医療関係者が生活や健康を支え、

法律専門職が必要な契約や手続きを担う。

あるいは、

本人の希望と関係者の意向、

適切性を確認しながら、

役割を分担する。

支援の形は一つではありません。

これは信仰に限らず、

友人、ご近所、趣味の仲間、地域のボランティアなどにも通じる話です。

専門職の役割は、

そうした関係を当然のように、

別の体制に置き換えることではないと思います。

本人が大切にしてきたつながりを守りながら、

安心して暮らせる仕組みを一緒につくること。

行政、福祉、医療、法律。

立場は違っても、

目指すところは同じではないでしょうか。

「この方にとって、自分らしく暮らすとはどういうことなのか」

老いじたくは、

書類を作ることが目的ではありません。

その方が歩んできた人生を尊重し、

これからも自分らしく暮らすための備えです。

私も、

法律と福祉の両方の視点から、

そんな支援を続けていきたいと思っています。